珪灰鉄鉱:詳細・その他
概要
珪灰鉄鉱(けいかいてっこう、Hedenbergite)は、輝石(パイロキセン)グループに属する鉱物であり、化学組成はCaFeSi2O6です。鉄(Fe)に富むカルシウム輝石の一種として位置づけられています。その名称は、スウェーデンの化学者・鉱物学者のヨハン・オウグスト・ヘーデンベリ(Johan August Hedenberg)にちなんで名付けられました。
珪灰鉄鉱は、特定の地質環境下で形成される鉱物であり、その存在は岩石の成因や鉱床の探査において重要な情報を提供します。単独で産出することは少なく、しばしば他の鉱物と共生しています。その結晶構造や物理的性質は、輝石グループの他の鉱物と類似していますが、鉄の含有量によって特徴づけられます。
化学組成と構造
珪灰鉄鉱の化学組成は、理想的にはCaFeSi2O6と表されます。これは、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、ケイ素(Si)、酸素(O)から構成されることを示しています。輝石グループの鉱物は、一般的に単斜晶系または斜方晶系の結晶構造を持ちますが、珪灰鉄鉱は単斜晶系に属します。
輝石の結晶構造は、SiO4四面体が鎖状に連なった「単鎖構造」を特徴としています。この鎖状構造は、[Si2O6]4-という単位で表されます。珪灰鉄鉱の場合、この鎖状構造の間にカルシウムイオン(Ca2+)と鉄イオン(Fe2+)が配置されます。具体的には、M1サイトに主に鉄イオンが、M2サイトに主にカルシウムイオンが位置することが多いです。この鉄イオンの存在が、珪灰鉄鉱の比重や色に影響を与えます。
純粋な珪灰鉄鉱(CaFeSi2O6)は理論的な組成であり、実際には他の輝石鉱物との固溶体(連続的な混合)を形成することが一般的です。特に、鉄の代わりにマグネシウム(Mg)を含む透輝石(Diopside, CaMgSi2O6)との間に固溶体系列が存在し、透輝石と珪灰鉄鉱の間には透輝石-珪灰鉄鉱系列(Diopside-Hedenbergite series)が形成されます。
この系列においては、Mg2+とFe2+がM1サイトで互換性を持つため、透輝石に鉄が混入した状態や、珪灰鉄鉱にマグネシウムが混入した状態の鉱物が普遍的に見られます。この固溶体の組成比によって、鉱物の物理的性質(色、屈折率、比重など)が連続的に変化します。
物理的性質
色
珪灰鉄鉱の典型的な色は、黒色から暗緑色、あるいは緑黒色です。この色は、組成中の鉄イオン(Fe2+)に由来する吸収帯によって引き起こされます。鉄の含有量が高いほど、色は濃くなる傾向があります。
光沢
珪灰鉄鉱の光沢は、ガラス光沢です。
条痕
珪灰鉄鉱の条痕(粉末にしたときの色)は、灰白色から淡褐色です。
結晶系と結晶形
珪灰鉄鉱は単斜晶系に属します。結晶形としては、柱状結晶や板状結晶として産出することが多く、しばしば双晶を形成します。結晶の端面は、輝石に特徴的な斜めの劈開面(約87度と93度)を示すことがあります。
劈開
珪灰鉄鉱は、輝石グループに共通する{110}面に沿った劈開を持ちます。この劈開は、二方向に約87度と93度の角度で交差しており、これが輝石を識別する上で重要な特徴の一つとなります。
断口
断口は不平坦状から貝殻状を示します。
硬度
モース硬度は5.5~6.5程度であり、比較的硬い鉱物です。
比重
珪灰鉄鉱の比重は、3.5~3.9程度です。これは、組成中の鉄原子の原子量が大きいため、マグネシウムを主成分とする透輝石(比重約3.2~3.4)よりも重くなる傾向があります。
透明度
通常、不透明から半透明ですが、薄い劈開片などでは半透明を示すこともあります。
産状と生成環境
珪灰鉄鉱は、様々な地質環境で形成されますが、特に中〜塩基性火成岩の比較的低温から中温の熱水変質作用を受けたものや、接触変成岩(スカルン鉱床など)でよく見られます。
火成岩
玄武岩、安山岩、閃緑岩などの中〜塩基性火成岩の斑晶や、岩石の細粒部分として産出することがあります。特に、マグマの分化が進み、鉄分が豊富になった岩石中に見られることがあります。
接触変成岩(スカルン)
石灰岩やドロマイトなどの炭酸塩岩が、花崗岩などの火成岩の貫入によって熱変成を受けた際に形成されるスカルン鉱床は、珪灰鉄鉱の主要な産地の一つです。この場合、炭酸塩岩中の炭酸イオン(CO32-)と岩石中のケイ酸成分、鉄分が反応して珪灰鉄鉱が生成します。スカルン中では、輝石類、石榴石、緑簾石、磁鉄鉱、方解石などと共生します。
熱水鉱床
一部の熱水鉱床においても、鉄分を供給する熱水流によって生成されることがあります。この場合、既存の岩石成分と反応して生成したり、熱水流によって運ばれた成分から析出したりします。
堆積岩
非常に稀ではありますが、鉄分を豊富に含む泥岩や、海底熱水活動に伴う堆積物中にも見られることがあります。
共生鉱物
珪灰鉄鉱は、その形成環境に応じて様々な鉱物と共生します。代表的な共生鉱物としては、以下のようなものが挙げられます。
- 輝石類:透輝石(Diopside)、ヘデンバージェイト(Hedenbergite)との固溶体
- 石榴石(ガーネット):アンドラダイト(Andradite)、グロッシュラー(Grossular)など
- 緑簾石(Epidote)
- 方解石(Calcite)
- 磁鉄鉱(Magnetite)
- 閃石類(Amphiboles)
- 斜長石(Plagioclase)
- 石英(Quartz)
これらの共生鉱物は、珪灰鉄鉱がどのような地質プロセスを経て生成されたのかを理解する上で重要な手がかりとなります。
識別方法
珪灰鉄鉱を識別するためには、その物理的性質と産状を総合的に考慮する必要があります。
- 色:黒色から暗緑色、緑黒色であること。
- 結晶形:単斜晶系の柱状または板状結晶。
- 劈開:二方向に約87度と93度で交差する劈開。
- 硬度:モース硬度5.5~6.5程度。
- 比重:3.5~3.9程度と比較的重い。
- 条痕:灰白色から淡褐色。
- 産状:スカルン鉱床や熱水変質を受けた中〜塩基性火成岩中での産出。
特に、輝石に特徴的な劈開と、鉄に富むことに起因する暗色であること、そしてスカルン鉱床などの特定の産状は、識別において重要です。
透輝石との固溶体系列にあるため、純粋な珪灰鉄鉱として特定することは難しい場合もあります。その場合は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)などの化学分析によって組成を決定することが最終的な識別方法となります。
その他・用途
珪灰鉄鉱自体に直接的な工業的用途はあまりありません。しかし、その存在は鉱床探査の指標として重要視されることがあります。例えば、スカルン鉱床は、しばしば金属鉱床(銅、鉄、タングステン、モリブデンなど)と関連しており、珪灰鉄鉱の産出は、そうした鉱床が存在する可能性を示唆する場合があります。
また、珪灰鉄鉱はその特徴的な色合いから、装飾品や宝飾品として加工されることもあります。しかし、硬度がそれほど高くないため、日常的な使用には耐久性の面で注意が必要です。
学術的な観点からは、珪灰鉄鉱は地球内部の物質循環や岩石の進化を理解するための重要な研究対象となっています。その化学組成や結晶構造、安定条件などを調べることで、地球の地殻やマントルの活動について貴重な情報が得られます。
珪灰鉄鉱の固溶体系列における組成変化は、マグマの分化や変成作用の条件を推定するための有用なツールともなり得ます。
まとめ
珪灰鉄鉱は、化学組成CaFeSi2O6を持つ輝石グループの鉱物であり、鉄に富むカルシウム輝石として知られています。黒色から暗緑色を呈し、ガラス光沢、モース硬度5.5~6.5、比重3.5~3.9という物理的性質を持ちます。単斜晶系に属し、{110}面に沿った特徴的な劈開を有します。
主として、接触変成岩(スカルン)や熱水変質を受けた中〜塩基性火成岩中に産出し、透輝石、石榴石、緑簾石、磁鉄鉱などと共生します。その存在は、金属鉱床探査の指標となることがあります。直接的な工業利用は限られますが、地質学的な研究対象として、また一部では装飾品としても利用されています。
