塩素燐灰石(えんそりんかいせき)
概要
塩素燐灰石(えんそりんかいせき、Chlorapatite)は、燐灰石(アパタイト)グループに属する鉱物であり、化学式は Ca5(PO4)3Cl で表されます。燐灰石グループは、ヒドロキシアパタイト(人や動物の骨や歯の主成分)、フッ素燐灰石、ストロンチウム燐灰石など、様々な陽イオンが塩素イオン(Cl–)やフッ素イオン(F–)、水酸基イオン(OH–)と置換した固溶体鉱物の総称ですが、塩素燐灰石は、このグループの中で塩素イオンが支配的なアニオンとして存在する場合を指します。
その名称は、ギリシャ語の「騙す(apate)」に由来する「アパタイト」という言葉と、その化学組成に含まれる「塩素(chloro-)」に由来します。これは、アパタイトグループの鉱物が、他の多くの鉱物と外見が似ており、区別が難しいことから名付けられたと言われています。
化学組成と構造
塩素燐灰石の基本組成は、カルシウム(Ca)、リン(P)、酸素(O)、塩素(Cl)からなります。その構造は、六方晶系に属し、カルシュウムイオンが6配位と9配位のサイトに位置し、リン酸イオン(PO43-)がテトラヘドラルな配位で結合しています。塩素イオンは、アパタイト構造におけるアニオンサイトを占有しています。このアニオンサイトには、フッ素イオンや水酸基イオンなども入りうるため、純粋な塩素燐灰石は比較的少なく、しばしばフッ素燐灰石などとの固溶体として産出します。塩素燐灰石の化学式における塩素の割合が高いほど、塩素燐灰石としての性質が強くなります。
物理的性質
- 結晶系: 六方晶系
- 結晶形: 一般的には六角柱状、針状、板状の結晶として産出しますが、塊状、腎臓状、粒状としても見られます。
- 色: 無色、白色、淡黄色、淡緑色、褐色など。不純物によって様々な色を呈することがあります。
- 条痕: 白色
- 光沢: ガラス光沢、樹脂光沢
- 硬度: モース硬度 5
- 比重: 約 3.16~3.22
- 劈開: わずかに認められる
- 断口: 不平坦状、貝殻状
- 条痕: 白色
硬度が5と比較的柔らかいため、鋭利な刃物で傷をつけることができます。比重は3.16~3.22程度で、一般的な岩石よりもやや重い部類に入ります。
産出地
塩素燐灰石は、様々な地質環境で生成されます。主な産地としては、以下のものが挙げられます。
- 火成岩: アルカリ玄武岩やペリドタイトなどの火成岩中に、副成分鉱物として産出することがあります。
- 変成岩: スカルン鉱床や片麻岩などの変成岩中にも産出します。
- 堆積岩: 堆積岩、特にリン鉱石の生成過程や、生物起源の堆積物(骨や歯など)の変質によって生成されることもあります。
- 熱水鉱床: 熱水作用によって形成された鉱床にも、しばしば見られます。
世界各地で産出が報告されており、特にドイツ、イタリア、カナダ、アメリカ、ロシア、タンザニア、ノルウェー、オーストラリアなど、多様な地域で発見されています。日本国内でも、各地の変成岩地帯や熱水鉱床などで産出例があります。
特徴と用途
識別上の特徴
塩素燐灰石は、燐灰石グループの鉱物として、外見からはフッ素燐灰石やヒドロキシアパタイトと区別することが困難な場合が多いです。しかし、比重や屈折率などの物理定数、あるいは化学分析によって区別されることがあります。また、結晶形や共存鉱物などが識別の手がかりとなることもあります。
用途
塩素燐灰石そのものが直接的に産業的に利用されることは少ないですが、燐灰石グループの鉱物は、そのリン酸成分から肥料の原料として極めて重要です。また、アパタイトは生体材料としての研究も進められており、骨の再生材料や歯科材料としての応用が期待されています。塩素燐灰石も、これらの燐灰石グループの一員として、間接的に関連する分野での研究対象となる可能性があります。
宝石としての価値は、通常は高くありません。しかし、稀に美しい結晶形や色を持つものが発見され、コレクターズアイテムとして扱われることがあります。
鉱物学的な意義
塩素燐灰石は、アパタイトグループにおけるアニオンサイトの置換メカニズムを理解する上で重要な鉱物です。地質環境における元素の挙動や、鉱物の形成条件を研究する上で、その存在は貴重な情報源となります。また、地球化学的な観点からも、リンや塩素の循環に関わる鉱物として注目されることがあります。
関連鉱物
塩素燐灰石は、燐灰石(アパタイト)グループに属しており、以下の鉱物と密接に関連しています。
- フッ素燐灰石 (Fluorapatite): Ca5(PO4)3F。アパタイトグループの中で最も一般的な鉱物の一つ。
- ヒドロキシアパタイト (Hydroxyapatite): Ca5(PO4)3OH。人や動物の骨や歯の主成分。
- ストロンチウム燐灰石 (Strontiumapatite): Ca4Sr(PO4)3OH など、ストロンチウムがカルシウムの一部を置換したもの。
- マンガン燐灰石 (Manganapatite): Ca5-xMnx(PO4)3(OH,F,Cl) など、マンガンがカルシウムの一部を置換したもの。
これらの鉱物は、アパタイト構造を共有しており、陽イオンやアニオンの置換によって様々な組成の固溶体を形成します。塩素燐灰石は、この固溶体系列の塩素が優位な端成分として位置づけられます。
まとめ
塩素燐灰石は、燐灰石グループに属する鉱物であり、その化学組成と構造において特徴づけられます。様々な地質環境で生成され、世界各地で産出が報告されています。外見上の区別が難しい場合もありますが、物理的性質や化学的分析によって識別されます。直接的な産業利用は限定的ですが、燐酸資源としての燐灰石グループの重要性や、生体材料としての応用研究など、間接的な関連性を持っています。鉱物学的には、アニオン置換メカニズムの理解や、地質環境の研究において意義深い鉱物と言えます。
