天然石

菱カドミウム鉱

菱カドミウム鉱(Greenockite)について

菱カドミウム鉱(りょうカドミウムこう、Greenockite)は、カドミウム(Cd)の硫化物鉱物です。化学組成は CdS で、理想的には純粋な硫化カドミウムですが、しばしば亜鉛(Zn)や鉄(Fe)などの不純物を含みます。この鉱物は、カドミウムを主成分とする鉱物としては希少であり、その発見は比較的遅れていました。名称は、スコットランドのグリーンロック男爵、チャールズ・アバクロムビー(Charles Abercromby, 6th Baron of Greenock)にちなんで名付けられました。

鉱物学的な特徴

化学組成と構造

菱カドミウム鉱の化学組成は CdS です。これは閃亜鉛鉱(sphalerite, ZnS)や方鉛鉱(galena, PbS)と同様の閃亜鉛鉱型構造(またはウルツ型構造)をとります。カドミウムイオン(Cd2+)と硫化物イオン(S2-)が、それぞれ四面体配位をとって規則正しく配列しています。純粋な CdS の理論的な密度は約4.82 g/cm3 です。

物理的性質

  • :鮮やかなオレンジ色から赤橙色、黄色など。不純物の種類や量によって変化することがあります。
  • 光沢:樹脂光沢または金剛光沢。
  • 条痕:淡黄色。
  • 結晶形:六方晶系。柱状結晶、針状結晶、板状結晶として産出することが多いですが、粒状集合体としても見られます。
  • 劈開:{101}に完全。
  • 断口:亜貝殻状ないし不平坦。
  • 硬度:モース硬度 3~3.5。比較的柔らかい鉱物です。
  • 比重:4.6~4.8。
  • 透明度:半透明から不透明。
  • 蛍光:紫外線(特に長波長)を当てると、鮮やかな黄色からオレンジ色の蛍光を発することがあります。これはカドミウム鉱物の特徴の一つです。

条痕

菱カドミウム鉱の条痕は、その鉱物の色よりも薄い淡黄色を示すのが一般的です。これは、鉱物の表面を傷つけた際に現れる粉末の色を指します。

劈開

菱カドミウム鉱は、特定の結晶面({101}面)に沿って、きれいに割れる性質(完全な劈開)を持っています。これにより、結晶の形状が特徴的なものとなることがあります。

断口

劈開が明瞭でない部分で割れた際の表面は、貝殻の内側のような滑らかな曲線を描く亜貝殻状、あるいは不規則な形を示す不平坦となります。

産状と共生鉱物

生成環境

菱カドミウム鉱は、主に低温の熱水鉱床や、接触変成作用を受けた堆積岩中に産出します。特に、硫化鉱物、特に亜鉛鉱物や鉛鉱物との関連が深いです。カドミウムは亜鉛と化学的性質が似ているため、閃亜鉛鉱(ZnS)の結晶格子中に容易に固溶し、カドミウムが多量に含まれる閃亜鉛鉱が生成されることが一般的です。菱カドミウム鉱は、そのようなカドミウムに富む閃亜鉛鉱が何らかの理由で分解、あるいは再結晶する際に生成されると考えられています。また、岩石が熱変成を受ける際に、カドミウムを含む成分が揮発・再沈殿して生成することもあります。

共生鉱物

菱カドミウム鉱は、しばしば以下の鉱物と共産します。

  • 閃亜鉛鉱(Sphalerite, ZnS):最も一般的な共生鉱物であり、菱カドミウム鉱は閃亜鉛鉱の分解物として生成されることが多い。
  • 方鉛鉱(Galena, PbS)
  • 黄鉄鉱(Pyrite, FeS2
  • 白雲石(Dolomite, CaMg(CO3)2
  • 方解石(Calcite, CaCO3
  • 石英(Quartz, SiO2
  • 鉄重石(Wolframite)

これらの鉱物との共生関係は、菱カドミウム鉱が形成された地質学的条件を示唆しています。

産出地

菱カドミウム鉱は、世界中の様々な場所で発見されていますが、発見される量は比較的少ないです。特に著名な産地としては、以下のような場所が挙げられます。

  • イギリス:スコットランドのダルペイン(Dalbeattie)や、ランカシャー(Lancashire)など。
  • チェコ共和国:ボヘミア地方(Bohemia)。
  • アメリカ合衆国:コロラド州(Colorado)、ニューメキシコ州(New Mexico)、ユタ州(Utah)など。
  • カナダ:ブリティッシュコロンビア州(British Columbia)。
  • ポーランド
  • ナミビア

これらの産地では、亜鉛鉱床や鉛亜鉛鉱床、あるいは変成岩帯から産出します。

採集と研究

採集

菱カドミウム鉱は、その鮮やかな色と蛍光性から、鉱物コレクターの間で人気があります。しかし、希少であること、またカドミウムの毒性から、採集には注意が必要です。特に、粉塵を吸い込んだり、皮膚に付着させたりしないように、保護具の使用が推奨されます。また、鉱物採集の際は、現地の法律や規則を遵守することが重要です。

研究

菱カドミウム鉱は、カドミウムの天然における挙動や、カドミウムを含む鉱床の生成メカニズムを理解するための重要な研究対象となります。また、その蛍光性は、鉱物の同定や地球化学的研究に応用されることもあります。

関連鉱物とカドミウムの毒性

関連鉱物

菱カドミウム鉱の最も重要な関連鉱物は、前述の閃亜鉛鉱です。閃亜鉛鉱は亜鉛の主要な鉱石鉱物であり、しばしばカドミウムを少量含んでいます。工業的には、亜鉛を製錬する際にカドミウムが副産物として回収されることが一般的です。菱カドミウム鉱自体が大規模なカドミウムの供給源となることは稀ですが、カドミウムの存在形態を理解する上で重要です。

カドミウムの毒性

カドミウムは、人体にとって非常に毒性の強い重金属です。特に、腎臓障害や骨粗鬆症、呼吸器系への影響などが知られています。かつて、日本の富山県で発生したイタイイタイ病は、カドミウムに汚染された米を長期間摂取したことによって引き起こされた公害病であり、カドミウムの恐ろしさを物語っています。そのため、菱カドミウム鉱を扱う際には、その毒性を十分に理解し、適切な安全対策を講じることが不可欠です。鉱物標本として所有する場合でも、子供の手の届かない場所や、換気の良い場所で保管することが望ましいです。

まとめ

菱カドミウム鉱(Greenockite)は、化学組成 CdS を持つカドミウムの硫化物鉱物です。鮮やかなオレンジ色や黄色、そして紫外線による蛍光性を特徴とし、主に低温熱水鉱床や接触変成岩中に、閃亜鉛鉱などと共産します。世界各地で産出しますが、その量は比較的少なく、希少な鉱物とされています。カドミウムは人体に有毒であるため、採集や取り扱いには十分な注意が必要です。菱カドミウム鉱は、カドミウムの天然における存在形態や地質学的プロセスを解明する上で、学術的に重要な意義を持つ鉱物と言えます。