アンブリゴナイト(Amblygonite)は、リン酸塩鉱物の一種であり、特にリチウム (Li) とアルミニウム (Al) を主成分とする鉱物です。しばしば花崗岩ペグマタイト中に産出し、工業的なリチウム資源として、また時にはその美しさから宝石としても利用される、比較的希少な鉱物です。ここでは、アンブリゴナイトの鉱物学的特徴、産状、産地、名称の由来、類似鉱物との識別、用途、そして宝石としての価値について詳細に解説します。
1. 基本的な鉱物学的データ
アンブリゴナイトを理解する上で基本となる鉱物学的データを以下に示します。
- 鉱物名: アンブリゴナイト (Amblygonite)
- 和名: アンブリゴ石 (あんぶりごせき)
- 化学組成: (Li,Na)Al(PO₄)(F,OH)
- リチウム (Li) がナトリウム (Na) より優勢な場合にアンブリゴナイトとされます。
- フッ素 (F) と水酸基 (OH) は互いに置換しあう固溶体シリーズを形成します(詳細は後述)。フッ素が水酸基より優勢な端成分に近いものが本来のアンブリゴナイトです。
- 結晶系: 三斜晶系 (Triclinic)
- 対称性が低く、結晶形はしばしば不明瞭な塊状や、やや歪んだ柱状、または不規則な形状を示します。完全な自形結晶は稀です。
- 色: 無色、白色、灰色、淡黄色、黄色、黄緑色、緑色、青色、ピンク色、帯紫色など、多様な色を示します。宝石品質のものは、特に鮮やかな黄色や緑色が評価されます。
- 光沢: ガラス光沢、樹脂光沢、真珠光沢(劈開面)。
- 透明度: 透明から半透明、不透明まで様々です。宝石として利用されるのは透明度の高いものです。
- モース硬度: 5.5 – 6
- ナイフやガラスで傷がつく程度の硬さであり、宝石としては比較的柔らかい部類に入ります。長石類(6-6.5)と同程度かやや柔らかいです。
- 比重: 2.98 – 3.11
- 一般的なケイ酸塩鉱物(石英: 2.65、長石: 2.5-2.8程度)と比較してやや重いです。この比重は、類似鉱物との識別において重要な手がかりとなります。
- 劈開:
- {110} に完全 (perfect)
- {011} に良好 (good)
- {100} に明瞭 (distinct)
- その他に {001} に裂開 (parting) が見られることもあります。
- 複数の方向に劈開を持つため、衝撃に対して割れやすい性質があります。特に宝石として加工・使用する際には注意が必要です。
- 断口: 不規則状、亜貝殻状。
- 条痕: 白色。
- 屈折率: nα = 1.577 – 1.611, nβ = 1.591 – 1.632, nγ = 1.595 – 1.646
- 複屈折量が大きく (0.018 – 0.035)、カットされた宝石ではダブリング(二重に見える現象)が観察されることがあります。
- 分散度: 0.014(比較的低い)
- 多色性: 弱いか、認められないことが多いですが、色の濃いものでは確認できる場合があります。
- 蛍光: しばしば紫外線下で蛍光を発します。短波紫外線(SWUV)でオレンジ色、黄色、ピンク色、緑がかった白色などを示すことがあり、長波紫外線(LWUV)では反応が弱いか、異なる色を示す場合があります。蛍光の色や強度は産地や含まれる微量元素によって異なります。
2. 名称の由来と発見
アンブリゴナイトは、1817年にドイツの鉱物学者アウグスト・ブライトハウプト (Johann Friedrich August Breithaupt, 1791-1873) によって、ドイツ・ザクセン州のペニッヒ (Penig) 近郊で発見され、命名されました。
その名前は、ギリシャ語の「αμβλύς (amblys)」(鈍い、鈍角の)と「γωνία (gonia)」(角度)に由来します。これは、アンブリゴナイトの持つ主要な劈開面が交わる角度が、直角(90°)からわずかにずれて鈍角(約105°)に近いことに基づいています。ブライトハウプトは、この特徴的な劈開角に着目して命名しました。
3. 産状と主要産地
アンブリゴナイトは、リチウムやリン、フッ素に富む特殊な環境、すなわち花崗岩ペグマタイト中に主に産出します。ペグマタイトは、マグマが冷却固結する最終段階で、揮発性成分や希少元素が濃集して形成される粗粒の岩石です。
- 共生鉱物: ペグマタイト中では、他のリチウム鉱物やリン酸塩鉱物、希少元素鉱物としばしば共生します。
- リチア雲母 (Lepidolite)
- スポジュメン (Spodumene)
- エルバイト (Elbaite) – リチア電気石
- ペタライト (Petalite)
- リチオフィライト (Lithiophilite) – トライフィライト (Triphylite) シリーズ
- 燐灰石 (Apatite)
- 曹長石 (Albite)
- 石英 (Quartz)
- 白雲母 (Muscovite)
- トパーズ (Topaz)
- 緑柱石 (Beryl)
- コルンブ石 (Columbite) – タンタル石 (Tantalite) シリーズ
など、多様な鉱物と共に産出することがあります。これらの共生鉱物は、産地の地質学的特徴を知る上で重要です。
- 主要産地: アンブリゴナイトは世界各地のペグマタイト地帯から報告されていますが、特に良質な結晶や宝石品質のものが産出する地域は限られています。
- ブラジル: ミナスジェライス州が世界的に最も有名で、宝石品質の黄色、緑色、無色のアンブリゴナイトを産出します。特にアラçuaí周辺のペグマタイトは重要です。
- アメリカ合衆国:
- メイン州: HebronやParisなどで産出し、発見当初から知られる古典的な産地です。
- サウスダコタ州: ブラックヒルズ地域のペグマタイト(例: Keystone)からも産出します。リチウム資源として採掘された歴史もあります。
- カリフォルニア州: Pala地区などからも報告されています。
- ナミビア: Karibib地域などから、宝石品質のものが産出することがあります。
- ドイツ: ザクセン州(模式産地)
- スウェーデン: Varuträskペグマタイトなど。
- フランス: モンテブラ (Montebras) – モンテブラサイトの模式産地であり、アンブリゴナイトも産出します。
- スペイン、ポルトガル、フィンランド、ロシア、中国、オーストラリア、ジンバブエ、ルワンダ、モザンビークなど、世界各地のペグマタイトから産出が知られています。
- ミャンマー: モゴック周辺からも宝石品質のものが報告されています。
- 日本での産出: 日本国内でも、ごく限られたペグマタイト鉱床からの産出が報告されていますが、非常に稀です。
- 福島県石川町: ペグマタイト地帯として有名ですが、アンブリゴナイトの産出は極めて稀とされます。
- 茨城県桜川市(旧・真壁町)山ノ尾: こちらもペグマタイト地帯で、リチウム鉱物と共に微量ながら産出した記録があります。
国内で良質な結晶や宝石品質のものを見つけることは困難です。
4. 特徴と識別
アンブリゴナイトはいくつかの特徴的な性質を持ちますが、類似した外観を持つ他の鉱物も多いため、正確な識別には注意が必要です。
- モンテブラサイト (Montebrasite) との固溶体関係:
- アンブリゴナイトの化学式 (Li,Na)Al(PO₄)(F,OH) において、アニオンサイトのフッ素 (F⁻) と水酸基 (OH⁻) は互いに自由に置換しあい、完全な固溶体シリーズを形成します。
- フッ素が優勢な端成分 (F > OH) が アンブリゴナイト (Amblygonite)
- 水酸基が優勢な端成分 (OH > F) が モンテブラサイト (Montebrasite)
と呼ばれます。モンテブラサイトは、フランスのリムーザン地域にあるモンテブラ鉱山で発見されたことに由来します。 - 自然界に産出するものは、多くの場合、これら両端成分の中間的な組成を持っています。そのため、厳密な意味でアンブリゴナイトかモンテブラサイトかを区別するには、化学分析によってFとOHの比率を決定する必要があります。
- しかし、慣習的に、あるいは分析が困難な場合には、このグループの鉱物を広く「アンブリゴナイト」と呼ぶことも少なくありません。宝石市場で「アンブリゴナイト」として流通しているものの中にも、厳密にはモンテブラサイトである可能性のあるものが含まれます。
- 一般に、フッ素が多く含まれる(アンブリゴナイトに近い)ほど、比重と屈折率が高くなる傾向があります。
- 類似鉱物との識別: アンブリゴナイトは、特に塊状や結晶形が不明瞭な場合、他の無色~淡色のペグマタイト鉱物と混同されやすいです。
- 長石類 (Feldspar Group): 特に曹長石 (Albite) やカリ長石 (Orthoclase, Microcline) と似ている場合があります。しかし、長石類の硬度は6-6.5でアンブリゴナイトと同程度ですが、比重は2.5-2.8程度と軽く、劈開の方向や角度も異なります(長石は通常2方向に約90°で交わる劈開)。
- 石英 (Quartz): 石英は硬度7と高く、劈開を持ちません(断口は貝殻状)。比重も2.65と軽いです。
- スポジュメン (Spodumene): リチウムの重要な鉱石鉱物で、ペグマタイトに共産します。硬度は6.5-7とやや高く、比重は3.1-3.2程度でアンブリゴナイトに近いですが、柱状結晶を示すことが多く、劈開は2方向で約90°(正確には約87°)で交わります。
- ペタライト (Petalite): これもリチウム鉱物で、外観が似ることがあります。硬度6-6.5、比重は約2.4とアンブリゴナイトよりかなり軽いです。劈開も持ちますが、アンブリゴナイトほど明瞭ではありません。
- トパーズ (Topaz): 宝石としても知られますが、塊状のものは似る可能性があります。硬度8と非常に高く、比重も3.5-3.6と重いです。底面に完全な劈開を持ちます。
- スキャポライト (Scapolite): 黄色系のものは特に似る可能性があります。硬度5-6で同程度ですが、比重は2.5-2.8と軽いです。正方晶系で、柱状結晶を示すことが多いです。紫外線で強い蛍光(オレンジ、ピンク、黄色など)を示すことが多い点も参考になります。
- 燐灰石 (Apatite): リン酸塩鉱物ですが、硬度5とやや低く、比重は3.1-3.2程度で近いです。通常は六角柱状結晶を示しますが、塊状のものもあります。
これらの鉱物との識別には、硬度、比重、劈開の有無や方向・角度、光学的性質(屈折率、複屈折、ダブリングの有無)、蛍光性などを総合的に調べることが重要です。比重測定は、外観が似た鉱物を区別する上で特に有効な手段の一つです。
5. 用途
アンブリゴナイトは、その組成と物理的性質から、主に二つの用途があります。
A. 工業原料として(リチウム資源)
- アンブリゴナイトは化学組成にリチウム (Li) を含むため、重要なリチウム鉱石鉱物の一つです。リチウムは、現代産業に不可欠な元素であり、特に以下の用途で需要が高まっています。
- リチウムイオン電池: スマートフォン、ノートパソコン、電気自動車(EV)などのバッテリーに不可欠。
- ガラス・セラミックス: 耐熱ガラス、特殊セラミックスの添加剤として融点を下げたり、熱膨張率を調整したりする目的で使用されます。